ご本尊の案内

阿弥陀如来

 当山福楽寺本尊は「阿弥陀如来」です。

 第56代清和天皇第6皇子真純親王の末孫 源満春公が仏道帰依するため京の信清寺に鎮護された仏像です。(福楽寺への安置は年代不詳)。武田家存亡の危機に難を逃れ、福楽寺に祀られております。

 阿弥陀は人を救うために9種類の印相を組んだお姿をしておられます。福楽寺の阿弥陀如来像は亡くなられた方をお迎えする来迎印を結んで立っておられます。(来迎印:右手を方の上に置き、左手は下方に垂らし、親指と人差し指で輪を作って結んでいます)前仏の阿弥陀如来(3体のうち中央)脇仏として、観音菩薩像(向かって右)・勢至菩薩像(向かって右)を従えています。

 阿弥陀如来の「アミダ」とは梵語(古代インドであるサンスクリット語)の「アミダーバ」に由来しその意味は「無限の光を持つもの」です。つまり、仏の生命が永遠であり、その光は三千大千世界(無限)に輝きわたることを表しています。「阿弥陀如来」は西方浄土にその輝きの仏国土を持っているとされています。

 48の誓願により大慈悲の心を以て、現在の西方の極楽浄土で、永遠の救いをしておられる如来様です。この「48誓願」とは阿弥陀如来が如来になる前、即ち法蔵菩薩の時、仏になるために誓った約束事で、一言で表すならば、「この世の人々を必ず仏の世界に導いて下さる」こと、「現世から来世に向かってより良い方向に導くための誓い」であり、それらを成就して如来になられました。阿弥陀如来は我々が臨終の際に25人の菩薩を従えて亡くなった人を迎えに来られます。その来迎25人の菩薩の姿は本堂内陣天井絵に描かれています。

 さて、本尊の阿弥陀如来(アミダ)と私共真言宗の本尊、本地と言って大日如来とどう違ういがあるのでしょうか?大日如来の「大日」は梵語の「マカビルシャナブ」に由来し、その意味は「偉大なる光」です。それは宇宙法界に遍く充満して輝き、その光は太陽とは比較にならない程大きく、その働きは永遠不滅とされ、一切の物は大日如来から出生される。アミターバもマカビルシャナブも同じ「光」の意味をあらわしている通り、我々衆生をお救いになるとき、神変加持力、特定の誓願を持った諸仏菩薩の姿で現れるのです。したがって阿弥陀如来は大いなる慈悲の心を映し出した大日如来の化身であります。

御真言:オン アミソタテイセイ カラウン

別尊のご案内

毘沙門天

 毘沙門天は梵名をベイシュラマナ(仏の教えをよく聞く)といいます。北方の守護神であり、御真言はオン ベイシラマンダヤ ソワカと言い。 唱えれば「福徳、戦勝、神通力、心願成就」の功徳があります。

 古来インドでは財宝、福徳をつかさどる神となり夜叉(やしゃ)羅刹(らせつ)を率いた帝釈天(たいしゃくてん)に属し 北方を守護する神をされていた。そして勝運の神様として七福神の一神として崇められています。

 仏教では四天王の一尊で、その姿は甲冑を身に付け憤怒の相をして左手に宝塔を捧げ、右手に宝棒を執り天邪鬼を踏みつけて、 悪行煩悩の鬼を押さえつけて立っている姿が一般的です。当山福楽寺の毘沙門天は装姿は同じものですが岩上に佇んでおります。

 本仏は上杉謙信公祈願仏で上杉謙信が下条村長福寺に毘沙門天を祀り戦勝祈願と国家安穏を祈願されました。謙信の信念、 難攻不落の居城は山岳にありとの想いと、民の生活を見守るため岩上に毘沙門天を佇ませた姿です。(平成21年NHK大河ドラマ天地人のナレーションで謙信公が山頂に佇んだ姿を思い浮かべてください。)慶長6年上杉家米沢に移封されしおり、 福楽寺に奉祀されたと言い伝えられています。

 毘沙門天は別名、人の話をよく聞くと言うことから「多聞天」とも言われております。

【良縁成就の仏】

 平成21年5月31日の毘沙門天大祭の際、くじ引きで毘沙門天像を引き当てられた方が良縁授かりご結婚されたとご報告を頂きました。毘沙門天様のご加護と喜んでいられたとお聞きし、これも仏の縁の有難さを感じた次第です。

毘沙門天大祭はどなたでもご参加いただけます。また毘沙門天様は一年一度の御開帳ですがお時間の許す方は是非ご祈祷にお越しください。きっとあなた様に良縁をもたらしてくれるでしょう。

薬師如来

 薬師如来は梵名をバイシャジャ クルと言います。バイシャジャの意味は「医療、医薬」でクルは 教師となります。御真言はオンコロコロセンダリマトーキソワカと唱えます。

 正式名は薬師瑠璃光如来と言い、東方の浄瑠璃世界の主です。お体は清浄にして瑠璃色に光を放ち救いの手を差し伸べている。

 右手ヶ施無畏印(禍や恐怖を仏の力によって払いのける力を持つ印)その左手の掌の上に「薬壺」を乗せておられます。

 薬師如来は12の大誓願を発して一切の人々の迷い、衆生の疾病を治癒して寿命を延べ、災禍を消去し、 衣食などを満足せしめて下さる。無明の病を直す法薬を与える医薬の仏です。

 古くは医王殿があり人衆の病難厄除けや安産祈願でお参りされました。

不動明王

 不動明王は梵名をアチャラ・ナータといいます。アチャラの意味は「動かない」、ナータは守護神で 揺るぎない守護神である。御真言はノーマクサマンダバーザラダンカン大聖不動明王と言います。

 不動明王は一面二臂で剣と羂索(けんじゃく、縄)を持つ岩上に立ち身体の色は青黒、衣は赤土色、 右牙を上に出し、左牙を外側に出しています。憤怒の相で粗岩(盤石、ばんじゃく。「金剛石」とあるので ダイヤモンドの原石である)の上に立って「一切の人々を救うまではここを動かじ」と決意する姿。

 背に(迦桜羅の形をした炎)を背負い、大威力であって難を除き、魔を降伏し、すべての人にわけ隔てなく 利益を与えてくださる方です。また、人の死後は必ず最初に(初七日に)不動明王の導きをうけることは 一般にもよく知られています。